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第31話 死体のない殺人現場

ผู้เขียน: なつめ
last update วันที่เผยแพร่: 2026-08-23 08:36:59

 校門を越えた瞬間、五人のスマートフォンが一斉に鳴った。

 短い通知音、着信を知らせる振動、圏外から通信網へ復帰したときの表示が重なり、雨上がりの山道に不自然なほど生活の音が戻ってくる。澪は足を止め、画面の左上に立ったアンテナ表示を何度も確かめた。つい数歩前まで、一度も外部へつながらなかった端末だった。

「電波、戻ってる」

 奈々香の声は掠れていた。濡れた衣服の上から美月に渡された保温シートを巻き、両手でスマートフォンを握っている。

「警察」

 美月はそれだけ言うと、すぐ緊急通報を始めた。

 悠斗も別の番号へ電話を掛け、管理会社へ現在地と校門の開放を伝えている。朔は校舎を振り返ったまま、小型カメラの録画を止めなかった。夜の底に沈んだ七刻女学校は、さっきまで五人を閉じ込めていた建物とは思えないほど静かだった。

 澪は喉を押さえながら、門の内側を見た。

 透を連れて出られなかった。

 二年七組へ戻ったとき、遺体は消えていた。封印は破られておらず、窓も開いていなかった。それでも簡易担架の上には、〈七刻女学校・八人目〉と書かれた濡れたカセットテープしか残されていなかった。

「相馬透さん、二十九歳。意識なしではなく、死亡を確認しています」

 美月の声が電話口で硬くなる。

「救命救急に勤務しています。私が頸動脈、呼吸、瞳孔を確認しました。首に強い圧迫痕がありました。遺体が……今は見つからないんです」

 相手が何を訊いたのか、美月は一度目を閉じた。

「いいえ、説明が難しいのは分かっています。でも、死んでいました。五人全員が確認しています」

 雨はほとんど上がっていた。

 雲の切れ間から、東の空だけが薄く白み始めている。夜明け前の冷えた風が山から降り、濡れた木々の匂いを運んできた。

 澪はその風の中で、初めて自分の身体がひどく震えていることに気づいた。

 怖かったからだけではない。

 疲労。

 寒さ。

 そして、透を置いてきたという感覚。

 いや。

 置いてきたのではない。

 消えた。

 その違いを、頭が受け入れようとしなかった。

 最初の警察車両が到着したのは、空が灰色へ変わり始めた頃だった。

 続いて救急車、所轄の捜査員、鑑識車両。山道の入口から校門まで白と赤の灯りが連なり、七刻女学校は短時間で封鎖された。五人は一人ずつ毛布を渡され、別々に事情を聞かれることになった。

 澪は救急車の横に置かれた折り畳み椅子へ座り、紙コップの温かい飲み物を両手で包んでいた。

「放送室で亡くなったんですね」

 正面に座る刑事が確認する。

 四十代ほどの男だった。疲れた目をしているが、声は穏やかだった。

「はい」

「亡くなったと判断した根拠は?」

「美月……早乙女美月が確認しました。救命救急で働いています」

「雨宮さん自身も身体を見ましたか」

「見ました」

「呼吸していましたか」

「していませんでした」

「そのあと?」

「放送室から出て、二年七組へ運びました」

「なぜその教室へ?」

「ほかに安全な場所がなかったからです。窓を確認して、扉も……外から誰かが入ったら分かるようにテープを貼って」

 刑事の筆が止まる。

「遺体を置いたあと、全員がそこを離れた?」

「はい」

「戻ったときにはいなかった」

「はい」

「五人全員が?」

「同じものを見ています」

 刑事は否定しなかった。

 ただ、手元の紙へ何かを書き足した。

 その表情が、澪には怖かった。

 信じている顔ではない。

 疑っている顔でもない。

 理解できない証言を、ひとまず記録だけしている顔だった。

 校舎内部の捜索は夜明けと同時に始まった。

 鑑識が放送室へ入り、血痕、切断された磁気テープ、透明な糸、小型モーター、遠隔受信機を確認する。管理通路と監視室も発見された。

 七不思議を再現するための装置。

 監視カメラ。

 制御端末。

 生活を盗撮した写真。

 透を第一犠牲者として記した進行表。

 そこまでは、五人の証言通りだった。

 問題は、相馬透そのものだった。

「いない?」

 美月が捜査員へ詰め寄ったのは、午前六時を過ぎた頃だった。

「二年七組を見たんですよね」

「確認しています」

「机の上です。私たちが作った担架ごと置いた」

「担架はありました」

「じゃあ透は」

「見つかっていません」

 美月の顔色が変わった。

「そんなはずない」

「校内全体を捜索しています」

「放送室から教室まで血痕は?」

「現在確認中です」

「遺体を運んだ痕跡が残ってるでしょう」

 捜査員は一度だけ周囲を見た。

「こちらで調べます。早乙女さんは待機してください」

 美月は何か言い返そうとした。

 けれど、その腕を澪が掴んだ。

「美月」

「でも」

「分かってる」

 澪の手も震えていた。

「私も見た」

 美月は澪を見つめ、ようやく一歩退いた。

 昼に近づくにつれ、不可解さだけが増えていった。

 放送室には確かに血液が残っていた。

 しかし量が少ない。

 首を絞められて死亡したなら、大量出血する必要はない。それでも、現場だけで人が死亡したと断定できる痕跡は見つからないという。

 磁気テープには皮脂や微量の血液が残っていたが、それが透のものかは鑑定を待たなければならない。

 二年七組。

 封印用テープは破られていない。

 窓も内側から施錠。

 机の位置も五人が説明した通り。

 ただし、遺体だけがない。

「まるで最初から、相馬さんの遺体なんてなかったみたいですね」

 若い警察官が小声で言うのを、澪は聞いてしまった。

 胸の奥が冷えた。

 違う。

 いた。

 透は死んだ。

 美月が頸動脈へ触れた。

 奈々香が泣いた。

 悠斗が自殺だと言い張った。

 朔が装置を調べた。

 澪は冷え始めた透の頭を支え、担架へ移した。

 あの重さまで覚えている。

「映像を見れば分かる」

 奈々香が言った。

 事情聴取の合間、五人が一時的に同じ待機場所へ集められたときだった。

「朔、撮ってたよね。ずっと」

 朔は小型カメラを取り出した。

 すでに警察へ提出するため、映像の複製を始めている。

「放送室は入ってる」

 液晶を開く。

 透が床へ倒れている場面。

 美月が死亡を確認する場面。

 首へ巻かれた黒い磁気テープ。

 確かに映っていた。

「ほら」

 奈々香が画面を指す。

「いるじゃん。透じゃん」

 だが、映像が二年七組への移動へ切り替わった瞬間。

 画面に激しいノイズが走った。

 簡易担架。

 朔と悠斗が前後を持つ。

 澪と美月が横から支える。

 奈々香が後ろから照らす。

 担架の上にも、人間らしい輪郭はある。

 ただし。

 顔がない。

 透の顔があるべき部分だけ、白と黒のノイズで潰れていた。

「何これ」

 美月が画面へ近づく。

 次の場面。

 肩。

 首。

 顔。

 透の身体へカメラが向くたび、その部分だけ映像が崩れる。

「書き換えた?」

 澪が朔を見る。

 朔はすぐに映像情報を確認した。

「書き換えた形跡はない」

「でも壊れてる」

「ファイル自体は連続してる。時刻情報も切れてない。編集したときに出る再圧縮の痕もない」

「じゃあ、どうして透だけ」

「分からない」

 奈々香も自分のスマートフォンを確認した。

 勝手に保存されていた動画。

 放送室。

 二年七組。

 そこにも同じ異常があった。

 透の首に磁気テープが巻かれている場面は映る。

 だが顔だけが潰れている。

 美月が身体へ触れる場面では、指先の先だけがノイズへ沈む。

「私たち、誰を触ってたの」

 奈々香の声が震えた。

「透だよ」

 澪はすぐに言った。

「透だった」

「でも、警察は遺体がないって」

「いた」

 美月の声が重なる。

「私は死亡確認した」

 朔は映像を止めた。

「警察から見れば、相馬透は死亡者にはできない」

 悠斗が顔を上げる。

「何でだよ」

「遺体がない。現場の血液も少ない。映像も本人だと確認できない。俺たち五人の証言だけだ」

「五人全員同じこと言ってるんだぞ」

「だから余計に疑われる可能性もある」

 悠斗の顔が引きつった。

「俺たちが口裏合わせてるって?」

「可能性としては見る」

 実際、その日の朝、警察は相馬透を死亡者ではなく行方不明者として捜索すると五人へ告げた。

 澪には、その言葉が現実のものと思えなかった。

 死んだ人間が、行方不明になる。

 八年前の澄花と同じだった。

 大量の血。

 遺体がない。

 失踪。

 そして今。

 透まで。

 警察署を出た頃には、朝の光が街を白く照らしていた。

 雨は完全に上がっている。

 長い夜が終わったはずなのに、澪にはまだ夜の中にいるように感じられた。

 正面階段を下りる。

 歩道の脇に、一人の男が立っていた。

 黒いジャケット。

 長身。

 三十歳前後に見える。

 整った顔立ちだが、目だけがひどく鋭い。誰かを待っているというより、逃げ道を塞ぐために立っているようだった。

 澪が通り過ぎようとすると、男が動いた。

「雨宮澪さんですね」

 足が止まる。

「誰ですか」

 男は内ポケットから名刺を取り出した。

 御影蓮司。

 建物調査会社代表。

 澪は名前に覚えがなかった。

 しかし、その下へ書かれた会社名を読む前に、蓮司が言った。

「椎名澄花の兄です」

 心臓が一度、大きく打った。

「兄……?」

「異母兄です」

 蓮司の声は低い。

「八年前は、あなたたちへ直接会うことを家族から止められていました」

 澪の背後で、朔たちも足を止めた。

 蓮司の視線が、五人を順番に見る。

 温度のない目だった。

「八年前、妹が消えた夜に何があったのか」

 最後に澪へ戻る。

「今度こそ、全部話してもらいます」

「私たちは――」

 澪が言葉を探した、その瞬間。

 スマートフォンが震えた。

 胸の奥が先に冷えた。

 見なくても分かった。

 画面を開く。

 椎名澄花。

 八年前の番号。

 新しいメッセージ。

 次は常世荘です。

 人形を元の部屋へ返してください。

 七日目までに返せなかった場合、

 五人の中から女を一人もらいます。

 澪の指が止まった。

 現在、生き残っている女性。

 澪。

 美月。

 奈々香。

 三人。

「何が来た」

 朔が隣へ立つ。

 澪は答えず、添付画像を開いた。

 古い和室。

 黄色く変色した畳。

 壁紙には黒い染み。

 常世荘二〇三号室。

 中央に、小さな日本人形が座っている。

 返し雛。

 白い顔。

 閉じた目。

 赤黒い唇。

 八年前、澄花が七刻女学校へ持ち込んだ人形。

「これ……」

 奈々香が息を呑んだ。

 澪は画像を拡大した。

 人形の後ろ。

 壁の染みだと思った場所。

 そこから、人間の顔が半分だけ覗いていた。

 女だった。

 髪は長く、壁の中へ埋もれている。

 額。

 片方の目。

 頬。

 口元だけが見える。

 その目は、人形ではなく。

 画面のこちら側を見ていた。

 澪がさらに拡大した瞬間。

 壁から覗く女の口が、写真の中でゆっくり開いた。

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